小学1年生の時、初めて会った叔母が、食パン​は冷凍保存できると教えてくれた。

叔母とは、父の姉である。当時の年齢は分からないが、40代だったのでは無いかと思う。叔母は当時のその年代の女性にはめずらしく独身で、寝たきりの祖母(叔母にとっては母親)と2人暮らしだった。

私は、埼玉県内の住宅地にあるマンションで育った。
マンションの住民のほとんどは、働く父・主婦の母・子ども2名以上の核家族で、極めて均質性の高い環境だったと思う。そんな私にとって、独身の中年女性と、寝たきりの老人の2人暮らしは、今まで見たことのない、珍しいものに映った。
家は古めの平家で、小さく見えたが2人暮らしには充分な広さだったと思う。家の中は散らかってはいなかったが、物が多く、そこでの暮らしが長く続いていることを物語っていた。
叔母は年齢こそ母と近かったが、化粧品のセールスをしていたこともあってか、専業主婦である母や近所のお母さんたちと雰囲気が違った。派手というほどでは無いがクッキリと化粧をしていて、ハリのある声でハキハキと喋る溌剌とした印象の人だった。

その叔母が、食パンは冷凍できると教えてくれた。当時は今ほど家庭に「冷凍ハック」的なものが普及していなかったと思う。私たち家族にとっては軽い発見で、母も感心して話を聞いているように見えた。

しかしその後、その冷凍ハックは我が家では活用されなかった。理由は単純で、5人家族の我が家では、食パンを冷凍する必要がなかったからだ。

現在、1人暮らしの私の冷凍庫には、いつも食パンがある。1袋、6枚や8枚の食パンを、私は冷凍せずに食べ切れたことが無い。私の実家で活用されなかった叔母の冷凍ハックは、1人暮らしの私の食生活を助けてくれている。
今でこそ、中年以上の独身女性は多いが、当時の叔母は、相当肩身の狭い思いをしていたのではないか。1人暮らしの不安、母親の介護という重荷。あの家で、毎朝どんな気持ちで冷凍の食パンを食べていたのだろうか。

私たちの訪問のあと、少しして祖母は他界した。おそらく、大人たちに​はそうなることがわかっていたのだと思う。
祖母の死後、数年経って叔母は結婚し、そしてその数年後離婚した。
もしかしたら、叔母の家の冷蔵庫には今でも食パンが入っているのかもしれない。

ちなみに、叔母は食パンを1枚1枚ラップで包んで冷凍していたが、私は買ってきた袋のまま冷凍庫に突っ込んでいる。叔母のやり方とは違うけど、特に問題は無い。